時事メガネ

気になった時事問題を少し追ってみる

ライフ・バダウィ「この中の誰かが」

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EU人権賞とも呼ばれるサハロフ賞の授賞式が、明日16日にストラスブルグにて行われます。今年の受賞者はサウジアラビアのブロガー、ライフ・バダウィ氏です。服役中の本人に代わり、妻エンサフ・ハイダル氏による代理受賞となるようです。

 

サウジアラビアは様々な分野の人権問題で、国際的な価値観と一線を画していますが、先週は女性の参政が10年越しに実現し、地方選で初めて女性が当選したということです。とはいえ、透明な投票箱の周りに黒いブルカを来た女性達の立っている写真を見ると、文化の違いに収まらない根源的な問題を突きつけられるようです。今回のことが内からの変化なのか、外に見せる為だけのものなのかは、まだ分からないという気がします。

 

ただ、変化への要請が内部から働いている場合には、外に見せる為だけのつもりだったものが、抑制の利かないダイナミズムを見せることがあります。そのような力の潜在する変化への要請が、個人ではなく社会のものとなる為、或は、ある閉鎖的社会がより国際的基準・普遍的価値観に近づいていく過程に、今日、インターネットやソーシャルネットワークの普及は欠かせないものとなっています。そういったメディアを利用し内外に向けて意見を述べていた一市民が、その活動を理由に自由を拘束され体罰を受けている象徴的な例が、バダウィ氏です。

 

バダウィ氏は、語学学校とインターネットカフェを経営し、妻子と暮らす一般市民でしたが、ブログでの発言が「イスラム教を侮辱している」とされ、逮捕されました。問題とされたのは、バダウィ氏が、信教の自由について語ったことにあります。あらゆる宗教及び無宗教イスラム教と同等に扱い、各人が自由に宗教を選ぶ権利を持つ国家がよい、とした発言が、イスラムへの重大な侮辱と見做され、最終的に禁固10年、罰金、鞭打ち1000回の判決を受けました。

 

バダウィ氏の弁護を担当していたのは、姉の夫である人権派弁護士ワリード・アブ・アル=カー氏ですが、彼も2014年4月収監され、15年の判決を受け服役する刑務所では暴力に晒されています。2015年1月のインタビューで妻ハイダル氏は、皆が引き受けたがらないためバダウィ氏は弁護士を見つけられないと話しています。この人権弁護士アル=カー氏を始め、サハロフ賞に相応しい活動家は他にも多く居るのですが、そういった人々の中でバダウィ氏が選ばれたこと、そしてかねてより国際的な注目を浴びていることには、その活動の「普通さ」を上げることが出来るでしょう。

 

無責任なものから真摯なものまで、インターネット上で自由な表現をすることに慣れている我々からしてみると、インターネット上の記述だけで禁固10年というのが法外です。それに加え、彼の発言の正当らしさや鞭打ちの異質さが、この事件を、単に文化や法制度の違いでは済まされないものにしています。

 

リアド訪問の際にバダウィ氏について触れたスイスの外務次官イヴ・ロシエは、刑は停止され、サルマン国王による恩赦を準備しているとの情報を経ました。サハロフ賞受賞決定後という時期に恩赦の噂が流れた為、授賞式までに釈放されるのかとも思われました。ところがバダウィ氏は、恩赦どころかシャバット中央刑務所へ移送されます。この刑務所は街から離れた砂漠地帯にあり、最終判決を終えた囚人が収容される場所であり、サウジ政府がバダウィの件に関して繰り返し審議中としていたことに矛盾するということです。これに抗議してバダウィ氏は火曜日からハンガーストライキを行っているそうです。

 

 

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以下に、ブログ開設から今週までの主な出来事を時系列に示しておきます。

 

2008年   ブログ設立

2011年   公訴

2012年6月 収監

2013年    判決禁固7年、鞭打ち600回 バダウィ氏は控訴

2014年4月 義兄で担当弁護士のアル=カー氏が拘束される

         5月 判決禁固10年、罰金、鞭打ち1000回

2015年1月 最初の鞭打ち50回の執行

           10月 サハロフ賞受賞の決定 

           11月 スイスの外務次官ロシエによる恩赦の情報

           12月8日 ハンガーストライキの開始

           12月16日  サハロフ賞 授賞式

 

 

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ドイツ語版に寄せて書かれた前書きより、一部を引用(訳、略は引用者による)します。

 

刑務所からの手紙 2015年2月

 

(...前略)他の多くの人がおそらくそうするように、私も以前は床につく前にもう一度、扉や窓の戸締まりを確認した ――犯罪者への不安からだ。そして今、その中の1人として生きている。(...略...)雑居房のベタベタしたトイレの壁の、何百もの落書きを読んでいると、一つの筆跡が私の目に飛び込んできた:「世俗主義が答えだ」。止めどない驚きに圧倒された。たった今見たものが本当にそこに書いてあるかを確かめる為に、私は目をこすった。(...略...)あらゆる方言のアラビア語で書かれた何百もの猥雑な言葉の中に、このような言葉を見つけられたということは、この刑務所の中に少なくとも1人、私のことを理解する人が居るということだ。何の為に私が闘い、そしてその為にこうして囚われているかを理解する誰かが。(後略...)

 

 

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ここに彼の、そして人間一般の、表現することの動機がよく現れています。バダウィ氏は、社会をより自分が正しいと信じる方へ導くべく意見を述べたことにより、社会を危険なものにする集団の方に分類されたわけです。そして人々から理解されないという孤独の中で、しかし彼を理解するものが居るということに気付く、これは当然、その人物が同じような孤独を生きているということを示してもいます。一見無駄の様に思える活動も、誰の目に届くか分からなければ、いつどのように作用するのかも分かりません。自分を信じ続けるバダウィ氏、アル=カー氏、その他多数の人々が、命の危険を冒し、自由と引き替えに伝えたかったことが、社会に作用すれば、その苦しみも報われるでしょう。

 

 

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参考

 

Badawi, Raif (2015): 1000 Peitschenhiebe. Weil ich sage, was ich denke. Ullstein, Berlin.

http://www.faz.net/aktuell/feuilleton/medien/saudischer-blogger-raif-badawi-angeblich-begnadigt-13938725.html

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-03/raif-badawi-menschenrechte-saudi-arabien

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-03/raif-badawi-blogger-saudi-arabien-buch-ullstein

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-10/sacharow-preis-europaeisches-parlament-raif-badawi

http://www.zeit.de/2015/08/blogger-raif-badawi

http://www.zeit.de/2015/19/raif-badawi-blogger-saudi-arabien-eu-parlament-hilfe

http://www.spiegel.de/politik/ausland/saudi-arabien-raif-badawi-tritt-in-hungerstreik-a-1067241.html

http://www.zeit.de/2015/18/raif-badawi-saudi-arabien-anwalt-misshandlung

http://www.raifbadawi.org/news/raif-badawi-news/item/639-statement-from-the-saudi-ambassador-to-the-united-nations.html

http://www.raifbadawi.org/news/item/768-raif-badawi-on-hunger-strike-as-he-is-transferred-to-a-remote-prison.html