時事メガネ

気になった時事問題を少し追ってみる

難民船のたらい回し(難民船問題・アジア篇)

 

 

4月に地中海難民を取り上げましたが、今週はアンダマン海難民です。

 

週刊を目指していた時事メガネですが、うっかり二週間も空けてしまいました。ここしばらくは時間の取れないことが続きそうなので、記事の長さを抑え、一週間単位に拘らないことにします。

 

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似たような出来事があると、対応の違いから、それぞれの国の本質が見えてくるものです。ヨーロッパ内でも難民の受け入れ態度は様々ですが、ヨーロッパと東南アジアの対応の差はあまりに歴然としています。

難民を受け入れるかどうかは各国が決めることですが、生命の危険にある状態の人々を保護しないというのは、単純に犯罪ではないでしょうか。

 

 

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〈概要〉

 

インドネシア、及びマレーシアに救助された、または自力で海岸まで泳ぎついた難民が、10日からの数日間で約2000人に及ぶ。

12日、インドネシアに到着した難民船に、インドネシア海軍は水と食料を補給し、ボートを領海外の遠洋へ曳航。数百人が乗っていたボートはインドネシアを目指していなかった、と海軍はこの行為を正当化する。このような、軽食と水を与え公海へ押し戻す作業は、タイやマレーシアも行っている。14日も800人を乗せた難民船を公海に曳航したマレーシアは、これ以上の難民は歓迎されていないことを示す為の正しい態度である、と話す。

15日、ミャンマーからマレーシアを目指し航海していた難民船が沈没する。漁船に救助された7~800名の難民がインドネシアに送り届けられた。この船は既にマレーシア海軍により発見されていたものの、やはり燃料と水、食料を支給され領海から追い出されていた。そうして付近海上を漂流すること2ヶ月。海上で孤立した船の上で、人々は水と食料を奪い合い、殺し合いをしていた、と生存者は報告する。実証は難しいものの、別々に得られた3証言には、一貫性があり、殺し合いによる死者は100人程とされる。

別の船でもやはり水と食料を巡り、斧や刃物、鉄パイプを使った抗争で、多数の死者が出たと証言されている。ここではバングラデシュ人対ロヒンギャ人という構図をとっていたようで、事件の発端に関しては証言者のバックグラウンド毎に主張が異なる。

何ヶ月も餓えと乾きと不安を過ごした人々が正常な判断を出来なくなるであろうことや、水の獲得が自己の生死に関わることを考えると、この残虐な事件に加わった者にすら同情の余地が生まれる。それにしても、民族対立から逃げてきた人がこのような状況に於いてすら、属する民族毎で対立するというのが、人間の本質なのだろうか。

 

国際移住機関は8000人程が海上に待機していると推測。国連は、救助は国際法上の義務であると声明を出す。アジア諸国では初めて、フィリピン政府が千人単位での受け入れを表明した。

インドネシアは漁師に難民船の救助に向かうことを禁じた。(偶然遭遇した場合は助けても良い)しかし政府の命令に反して漁船は救助を継続、20日にも新たに370人が漁船によって救助される。この船は4ヶ月間、海上を漂流していたとのこと、難民たちは「脱水症状を起こし衰弱が激しく、餓死寸前である」とアチェ州の救助隊長は証言する。

20日、マレーシア、インドネシア、タイの外相がクアラルンプールで会合。ミャンマーは欠席した。29日にもタイで首脳会合が開かれるが、ミャンマーは「ロヒンギャ」の語が使われれば欠席する、と表明している。外相会議を経てインドネシアとマレーシアは、一時的な救命の為の上陸を許可した。21日には早速、マレーシア海軍と海岸警備隊が救助活動を始めている。

 

 

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〈背景〉

 

1.ミャンマー概観

 

人口5200万人(2010年)約70%がビルマ族、30%は135の少数民族によって成っている。135のグループ分けには、市民権を持たないロヒンギャは含まれない。

宗教構成は、仏教89%、イスラム教4%とキリスト教が各4%となっている。

長年の軍事政権に替わり、2010年に総選挙で選ばれたテイン・セイン政権が成立した。ロヒンギャの問題がその一端を示すように、民主化の道のりはまだ長いが、それでも改革は進んでいると言える。歴史的には高い教育水準を持っていたが、軍事政権期に低下、教育と健康に当てられている予算は、GDPのたった3%である。

 

2.ロヒンギャ

 

ロヒンギャは、ミャンマーラカイン州からバングラデシュ国境地帯に居住する人々で、イスラム教徒が多く、ロヒンギャ語を話す。ミャンマーで何世代にも渡って農業に携わる人が多いが、ミャンマー政府はバングラデシュからの不法滞在労働者だとして戸籍を与えない。ロヒンギャが、アラカン(現ラカイン州)土着の民とする学説と、イギリス統治時代に往来が自由であったベンガル地方から来た商人であったとする学説があるが、ロヒンギャ自身は前者を主張する。いずれにせよ、当時のパキスタン・ブルマ国境の制定が49年、現在の国境で合意したのは66年のことであるから、ロヒンギャミャンマー国籍を得られない理由にはならない。また、国籍法制定が82年であること、70年代後半から政府による組織的迫害から逃れる為に、数十万規模のロヒンギャバングラデシュに避難・越境していることも、考慮されるべき事実である。

ミャンマー国内では80万人程いると考えられているロヒンギャは、市民権がないことで教育や医療、財産など、様々な面での権利を奪われている。14万人のロヒンギャが州都シットウェのはずれにある難民キャンプに暮らす。サウジアラビアバングラデシュに逃れる人々は、それぞれ数十万人規模に達している。

 

3.2012年ラカイン州暴動

 

仏教徒との軋轢が大規模な暴動に発展、6月には100名以上の死者、10月には80名の死者と130名の負傷者を出し、4500世帯の家屋が破壊された。2012年だけで仏教徒イスラム教徒の双方を合わせて280人が死亡しており、14万人のイスラム教徒が、難民キャンプへ避難する事態となった。ミャンマーではベンガル人と見做されるロヒンギャだが、避難先のバングラデシュにも受け入れを拒まれる。6月の暴動ではロヒンギャが暴力の対象であったが、10月の暴動ではイスラム教徒全体へと、その範囲を拡げた。仏教徒イスラム教徒の双方が、暴動のきっかけは相手にあるとしているが、双方に共通している証言は、政府軍は止めることが出来たのに止めなかったということだ。89:4の宗教対立を煽るとき、権力の意図する所は歴然としている。

ラカイン州での対立が沈静化された後も、他州でも仏教徒イスラム教徒の間で、小規模の暴動やヘイトクライムが継続的に発生し続けている。インドネシアの難民キャンプでも、ミャンマーからの仏教徒イスラム教徒の間で、殺人を伴う抗争が発生している。

 

4.タイの摘発強化

 

元々陸路でタイへ逃れる人々が多く、94年からの10年間で14万人の難民がいた。タイの入国管理局の一部が人身売買業者と協力関係にあったともいわれている。

人身売買業者は、ミャンマーで少数派のイスラム教徒に、大多数がイスラム教徒であるマレーシアへの移民の仲介を持ちかける。そうして集まった人々を、国境近くの山に監禁し、親族から身代金を得たり、一部は奴隷として売るなどしていた。そういった被害者の1人が、2500ユーロの身代金を払っても戻ってこない甥を捜すため警察に協力を求めた。この捜査でマレーシア国境地帯の山中で遺棄された大量の死体が発見された。それを受けて、タイ当局は捜査をさらに強化しており、地元権力者や数十人の警察官の逮捕者も出ている。摘発を恐れる業者が人質を持て余したことが、難民船の増加に関連していると考えられる。尚この摘発で差し押さえられた現金は500万ユーロにのぼるとのこと。仲介業者への謝礼は何千ユーロもするという話を裏付けるものになりそうだ。ちなみにミャンマーの平均年収900ユーロ(2014年)、最低賃金は月収25ユーロ以下(2015年)である。

 

 

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〈日本との関係〉

 

1.責任

 

日本は第二次世界大戦中42年から当時のビルマを占領したが、それまでの統治者であったイギリス軍は撤退の際、日本軍に抵抗させようと北アラカンイスラム教徒に武器を供給した。統治者が抜けたり変わったりすることによる権力の不均衡に、民族・宗教間の衝突が起きた。それに加え、親イギリス派とビルマ愛国主義の対立も起きた。この時期、ラカイン州の虐殺と呼ばれる事件が発生しており、ロヒンギャにより2万人のアラカン人が、またアラカン人により5千人のロヒンギャが、虐殺されたといわれる。また、日本軍からの暴力から逃れるためベンガル地方に越境したロヒンギャは2万2千人程と推測されている。侵略、及びそれに伴う撤退後の無秩序状態において、部族・宗教対立が悪化したといえるだろう。

そういった直接的な責任に加え、同じアジア太平洋地域の豊かな国であるということで、人道的責任を負っていることになる。例えばバングラデシュは、2012年のロヒンギャ難民大量発生の際に、これ以上受け入れる余裕がないとし上陸を拒否したが、自国民ですら生活に困窮しており難民として脱出しているのだから、余裕がないという言い分も現実感がある。世界有数の人口密度としても知られるが、GDPは日本の37分の1以下である。ちなみに今月の難民船問題でも、現時点で救出された難民の約60%は、バングラデシュ出身である。

 

 

2.取り組み

 

今回のロヒンギャ問題に関して、この難民を受け入れると言う声は、政府からは勿論、民間からも聞こえてこない。国際的な批判の中には、批准している難民条約の違反であるという声すら上がる、日本の極端に消極的な難民政策をもう一度振り返ってみよう。

1982年から2012年まで認定616件であり、昨年2014年は11名にすぎなかった。申請は増加しているが申請認定は増加していない。例えば、難民の大量発生しているシリアからは過去4年で僅か60名の難民申請があったが、その内、現在までに許可された申請は3名のものに過ぎない。申請が許可されるまで滞在は許されるものの、審査期間は刑務所のような施設に拘留されることになる。この拘留中に死亡したものも近年2名いるが詳細は不明。

それとは別枠でインドシナ難民を1978年から2005年までに11319名受け入れている。

このインドシナ難民受け入れ終了に代わって、2010年から第三国定住受け入れのパイロットプロジェクトを行っているが、希望者が定員割れという信じられない結果を呼んでいる。家族枠など、色々条件が多い為と言うが、それにしても信じがたいことである。

 

 

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〈感想〉

 

今回のテーマも色々と気になる問題が沢山あります。それぞれについて、まだ考えが纏まらないので、別の機会に扱いたいと思います。

 

〈結局頼りになるアメリカ〉

何かと他国の問題に乗り出してくるアメリカの態度は、色々な国に更なる問題を生み出してきたものでもあります。しかし、今回のようなケースでは、行動力の速さに感心させられます。

 

〈アウンサンスーチー〉

アウンサンスーチー氏が少数民族の問題について、積極的ではないという批判が散見されます。こういった批判は、氏の置かれている状況への想像力に欠けると思います。民意を変える力のある人材が、その力を使える立場にあることが前提なので、選挙の為に発言を控えているとすれば、そうするべきです。そこから見える問題は、大衆が少数民族問題解決に消極的である(或は積極的排除を望んでいる)ということであり、問題の根深さでです。そのような根深い問題は、急な改革をしても対立を深めるだけです。時間を掛けて解決していくべきことであり、個々の問題への態度表明を急かしてはいけないと思います。そのような態度表明が、西洋社会に聞かせるためのものなら、我々が笑顔で頷く為のものなら尚更です。彼女の人生を振り返れば、西欧社会が彼女を守れないことを良く示しています。

 

〈希望者ゼロの第三国、日本〉

試験的導入中の第三国定住制度に、希望者の定員割れ、希望者ゼロ、という不思議な現象が起きています。色々と問題は指摘されているようですが、それらのどれも希望者ゼロの理由になると考えられません。意図的に結果を操作し、受け入れる用意があるのに難民が来たがらないという印象を作ろうとしているのではないか、などと穿った見方をしてしまいます。

文化が違うから、幼稚園が遠いから、就労時間が長い、などの問題が、現地難民に伝わった為などといった意見が出されていますが、これが日本行きを希望しない理由に足りるのであれば、彼らの滞在していた難民キャンプは、援助がある程度充実していたと考えられます。より劣悪な環境から来る難民は、日本の生活に適応が出来ないという考えでしょうが、劣悪な環境を知る者なら適応への努力も多く見込めるのではないでしょうか。

子供のいる世帯に限って募集することになった経緯、定員を30人とした根拠、色々が謎です。条約難民に関してもそうですが、担当省のホームページなどで得られる情報からは、積極的に難民を受け入れて行こうと言う姿勢は全く感じられません。パイロットプロジェクトの失敗にしても、インドネシア難民でそれなりの経験も積んでいるのですから、本気を出して、そこまで失敗するはずがないのです。それでは、そもそも受け入れる気がない、と考えざるをえないでしょう。この問題に関しての世論調査も、日を改めてじっくり検証してみたいと思います。

 

〈火事の対岸、日本〉

ロヒンギャ難民について日本の新聞も少なからず扱っていましたが、やはり他人事という距離感があります。難民の定住受け入れは世論もありますから、簡単に決めれることではありませんが、一時受け入れや救助活動をすることが出来ます。イスラム教への偏見や国内の貧困も抱えるフィリピンも、素早く名乗り出ました。民意など調べている間に死者は増加します。批判を覚悟で素早く人道的決断を出来る政府は、国民にも愛されるのではないでしょうか。

 

〈命の重みの階級〉

これは様々なニュースについて度々思うことなのですが、報道される命の重みが、社会的階級によって変わってくるようです。報道ばかりを批判したいのではなく、情報を受け取る私自身の中でも感じる問題です。各出来事への、社会の反応を見れば明らかな違いなのですが、テロの爆発で死者が出れば、ボストンの方がバグダートより大きく扱われます。これは何に由来しているのでしょうか。イラクパキスタンでのテロに、ニュース視聴者も慣れてきてしまっているのでしょうか。大変な状況にある人が大変な事態に遭うということは、突然大変な事態に遭うことより、小さい問題でしょうか。それともこれは単純に人種の問題でしょうか。ボートに乗っていた370人がフランス人だった場合、水と石油を与えて公海に放置することが出来る国はあるでしょうか。フランス国籍のロヒンギャ人ではどうでしょう。豪華クルーズでの300人の方が難民船の300人よりも大事件になりますが、しかし難民船への乗船料も同じように高価です。難民船の状態を見れば事故に遭う可能性が想像できるからでしょうか。そのような船に全財産をはたいて人が乗るということの方が、大事件ではないでしょうか。世界には、普段の平和さと人種によって作られる階級が未だ存在するように感じています。死が身近にある人々の命が軽くなるかのようです。

 

 

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〈参考〉

 

http://www.faz.net/aktuell/gesellschaft/indonesische-marine-schickt-fluechtlingsboot-zurueck-auf-hohe-see-13588422.html

http://www.faz.net/aktuell/politik/ausland/asien/fluechtlingsdrama-das-leiden-der-staatenlosen-rohingyas-13589964.html

http://www.zeit.de/gesellschaft/zeitgeschehen/2015-05/rohingya-boot-fluechtlinge-asien-malaysia

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-05/rohingya-myanmar-fluechtlinge

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-05/flucht-pazifik-boot-indonesien-malaysia-rohingya

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-05/fluechtlinge-indonesien-meer

http://www.zeit.de/gesellschaft/zeitgeschehen/2015-05/indonesien-fluechtlinge-malaysia-rettung

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-05/malaysia-fluechtlinge-rohingyas

http://www.welt.de/politik/ausland/article140980902/Wir-werden-Bootsladungen-voller-Leichen-sehen.html

http://www.soas.ac.uk/sbbr/editions/file64388.pdf

http://www.networkmyanmar.org/images/stories/PDF17/Leider-2014.pdf

http://www.zeit.de/politik/ausland/2012-08/Rakhine-Rohingya

http://www.zeit.de/politik/ausland/2012-10/birma-rohingya-vertriebene

http://www.zeit.de/politik/ausland/2012-10/birma-unruhen-fluechtlinge

http://www.japanforunhcr.org/act/a_asia_thai_01.html

http://www.spiegel.de/politik/ausland/malaysia-und-indonesien-wollen-fluechtlinge-aufnehmen-a-1034613.html

http://www.spiegel.de/politik/ausland/fluechtlinge-offenbar-grausige-kaempfe-auf-booten-a-1034520.html

http://www.spiegel.de/politik/ausland/philippinen-bieten-tausenden-bootsfluechtlingen-hilfe-an-a-1034378.html

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-05/myanmar-fluechtlinge-gipfel

http://www.bbc.com/news/world-asia-18395788

http://www.deutschlandfunk.de/fluechtlinge-japans-restriktive-asylpolitik.799.de.html?dram:article_id=317458

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/nanmin/main3.html

http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201201/5.html

http://www.rohingya.org/portal/

http://www.unhcr.org/pages/49e4877d6.html

http://www.zeit.de/politik/ausland/2015-05/malaysia-indonesien-fluechtlinge-rettungsmission

http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/publication/journal/documents/14_p49.pdf